首頁 / 恋愛 / 番の心がわり / 第4話 「こんばんは」

分享

第4話 「こんばんは」

作者: 酔夫人
last update publish date: 2026-05-21 11:00:27

【①状況】

サラリアが年頃になると、各国から見合い話が届くようになった。

数年前から続く天候不順。

周辺諸国では作物の不作が相次ぎ、食料不足が深刻化していた。

そんな中で、サラリアの国だけは例年と変わらぬ収穫を維持していた。

理由は一つ。

―――金色姫。

五穀豊穣をもたらす神の化身。

幸運を呼ぶ象徴。

その噂は国境を越え、いつしか各国の王侯貴族たちの耳にも届いていた。

だから求婚が来る。

見合い話が来る。

けれど父王は、どれも受けなかった。

「まだ幼い」

「もう少し手元に置いておきたい」

「神殿のお告げがあってな」

その場しのぎの理由を並べては断り続ける。

サラリアは知っていた。

父王に自分を嫁がせる気など最初からないことを。

父王にとってサラリアは娘ではない。

王座を守るための護符だ。

手放すわけがない。

最初の頃こそ、どこか遠い国へ嫁げば自由になれるかもしれないと思ったこともあった。

だが何度も期待を裏切られるうちに、その希望も消えた。

どこへも行けない。

誰にも選ばれない。

一生このまま。

それが自分の人生なのだと諦めていた。

だから、その日も現実味がなかった。

城中が騒然としている理由を聞くまでは。

「ドラコニアから使者が来たそうです」

使用人たちのざわめきが聞こえた。

ドラコニア。

空を支配する竜族の国。

人間たちにとっては伝説にも等しい存在。

巨大な竜たちが空を舞い、浮島に築かれた天空国家。

その王が直々に来訪した。

目的は―――金色姫。

自分だった。

【②感情ピーク】

使者は丁寧だった。

礼儀正しく。

穏やかに。

しかし、その内容は拒否を許さないものだった。

ドラコニアへ金色姫を招待したい。

言葉を飾ればそうなる。

だが実際には違う。

寄越せ。

そう言っているのと同じだった。

父王は青ざめた。

サラリアはその様子を見て少しだけ可笑しくなる。

父王は理解していたのだ。

自分が王でいられる理由を。

金色姫がいるから。

ただそれだけなのだと。

だから手放したくない。

けれど相手はドラコニア。

逆らえば国が消える。

父王は数日悩み―――そして愚かな結論を出した。

サラリアを死んだことにする。

その話を聞いた時。

サラリアは怒るより先に呆れた。

本気なのだろうかと思った。

相手は一国の王だ。

少し調べれば嘘など簡単に露見する。

それでも父王は信じていた。

どうにかなると。

病死ということにしてしまえば乗り切れると。

あまりにも愚かだった。

けれど同時に、どこか他人事だった。

サラリアは気づいていたからだ。

父王が自分を愛していないことを。

だから失望もしない。

悲しくもない。

期待していない相手に裏切られることはない。

その夜。

サラリアは城外れの古い塔へ移された。

石造りの古い建物。

蔦の絡まる壁。

隙間風の吹き込む窓。

誰が見ても廃墟だった。

「しばらくここにいてくれ」

父王は真剣な顔で言った。

まるで名案を思いついた子どものようだった。

サラリアは頷いた。

抵抗する気もなかった。

どうせ何を言っても変わらない。

いつもそうだったから。

そして父王は去っていった。

侍女も残さず。

護衛も置かず。

たった一人。

サラリアを塔へ残して。

それでもサラリアは不思議と恐くなかった。

近衛隊長がこっそり用意してくれた軍用携帯食があったし、何より自分の未来に期待していなかったからだ。

どうなっても構わない。

そう思っていた。

本当に。

そう思っていたはずだった。

【③次話への誘導】

三日後。

サラリアは窓辺へ引きずってきた椅子に腰掛けていた。

遠くから楽団の音色が聞こえる。

歓迎の宴だろう。

金色姫が死んだはずなのに。

その矛盾に苦笑する。

やがて嘘は露見する。

ドラコニアは怒るだろう。

国が滅ぶかもしれない。

自分は処刑されるかもしれない。

あるいは竜の国へ連れて行かれるかもしれない。

人生が大きく変わる夜。

なのに不思議なほど心は静かだった。

怖くない。

惜しくない。

生きたいとも思わない。

どうなっても受け入れられる。

そう思っていた。

だから。

「こんばんは」

突然聞こえた声に、サラリアの心臓は大きく跳ねた。

塔の中には誰もいないはずだった。

慌てて振り返る。

月明かりの差し込む窓辺。

そこには。

見たこともないほど美しい青年が立っていた。

その瞬間。

凪いでいたはずの心が、初めて大きく波打った。

在 APP 繼續免費閱讀本書
掃碼下載 APP

最新章節

  • 番の心がわり   第46話 王竜の発現

    ドラコニアへ移り住んで二日。家は地上からそのまま運ばれてきたため、室内は何も変わっていない。見慣れた本棚。慣れ親しんだ机。トールのお気に入りの椅子。全部そのままなのに、不思議と落ち着かなかった。サラリアは何度も窓辺へ歩いていく。外を見て、何もないことを確認する。(お客様が来るかもしれないから)そう自分に言い聞かせた。ブックカフェを営んでいた頃の癖。客が来ればすぐに迎えられるよう、窓の外を確認することは日課だった。だから。ただ、それだけ。そう思おうとする。だが、違うことくらい自分でも分かっていた。ここへ来てから店はまだ開いていない。客が来るはずもない。それなのに、足は窓へ向かう。(……違う)誰かを探している。自分でも認めたくない相手を。黒い竜を。ラーシュを。その事実に気づくたび、サラリアは小さく首を振った。違う。気になっているのではない。同じ空にいるから、意識してしまうだけ。そう自分へ言い聞かせた。.一方、トールの様子は日に日に悪くなっていた。熱は上がったり下がったりを繰り返し、機嫌も不安定。少し前まで笑っていたかと思えば、突然泣き出すこともある。そのたびにオーレリウスが様子を見に来た。朝。昼。夕方。夜。一日に何度も訪れ、魔力の流れを確認しては安心させるように笑って帰っていく。「もう少しです」そう言われ続けた二日目の昼だった。突然、オーレリウスが血相を変えて屋敷へ飛び込んできた。「始まります!」サラリアには何も分からなかった。だが、竜族には分かったらしい。オーレリウスは眠っていたトールを抱き上げると、すぐに外へ飛び出した。「予定通り、無人島へお連れします!」そのままオーレリウスは竜へと姿を変え、大空へ舞い上がる。サラリアも慌てて庭へ飛び出した。高く。さらに高く。自分たちの浮島より少し上にある小さな浮島へ向かっていく。あそこが発現のための島。説明は受けていた。だが、頭で理解することと、三歳の我が子を一人置いてくることは別だった。数分後。オーレリウスだけが戻ってきた。「トールは!」問い詰めようとした、その瞬間だった。轟音。世界が白く染まった。「――っ!」無人島から何本もの白い炎が天へ突き上がる。遅れて凄まじい爆音。島全体が揺れた。サラリアは息

  • 番の心がわり   第45話 安心できる理由

    「竜族のラーシュ様にとって番は絶対。対して人族であるサラリア様にとって番は意味を持たない」ラパンは柔らかく微笑みながら、サラリアの前へ紅茶を置いた。「それが一般的な見方です」湯気が静かに立ち上る。ラパンはその向こうからサラリアを見つめた。「ですが、本当に分かりませんの?」「……え?」「サラリア様には『番』という感覚はございませんの?」「それは……どういう?」思わず聞き返す。「ラーシュ様と初めてお会いになったとき、この人だと感じませんでした?」その問いにサラリアの心臓が大きく脈打つ。あの夜の出会いを思い出す。「兎族にも番という概念はありませんが、私は初めてオーレリウスに会った瞬間に“この人だ”と感じましたの」ラパンの表情は恋する女性そのものだった。「私、あの人と出会うまではとても惚れっぽかったのです」そう言って笑う。「兎族は男も女も恋多き種族なのです。性的な欲求も強く、今日はこの方、明日はあの方という感覚で複数の方と関係を持つことも珍しくありません」サラリアは思わず目を丸くした。「驚かれました?」「……少し」「でも、オーレリウスのときは違いました」ラパンは胸へそっと手を当てる。「絶対にこの人。この人でなければ嫌だと、生まれて初めて思いました」静かな声だった。「オーレリウスも同じだったのでしょうね。私たちは出会ってすぐ結ばれました」そして優しく問い掛ける。「サラリア様。そのような感覚に覚えはございませんか?」その瞬間、サラリアの身体が強張った。思い出す。初めてラーシュと出会った夜。彼の瞳を見た瞬間。触れられた瞬間。胸の奥が熱くなり、呼吸が乱

  • 番の心がわり   第44話 嫌わなければいけない

    「陛下は、幼い頃ずっと本を読むことを禁じられていたそうですわ」「……え?」思いもよらない言葉にサラリアは目を瞬かせた。読書の何が面白いのか分からない。本を読むくらいなら身体を動かしたほうがいい。そんなふうに笑っていたラーシュの姿しか思い浮かばない。「祖母である女帝シーリア様が、幼い頃から陛下を厳しく管理していらっしゃったそうですの」「管理……」「シーリア様のお言葉以外を聞くことが許されなかったそうです」ラパンは穏やかな口調で続ける。「本も、外の知識も、シーリア様以外は必要としないように管理されていたそうですわ」サラリアは黙って耳を傾けた。「先代である御父上様がお亡くなりになったあと、唯一の直系王族となった陛下は『保安上』という理由で十歳になるまで人前へ出られなかったそうです」「十歳、まで?」ラパンは頷く。「政治は中継ぎとして即位されたシーリア様が執り行い、騎士団長である義父ですら陛下にお目通りできなかったそうです」異常。その言葉が浮かんで、サラリアの胸が小さく痛んだ。誰とも会えない。外を知らない。誰かに管理され続ける生活。その境遇は昔の自分と重なった。金髪姫として囲われていた日々。望まれる役割だけを演じ、生き方まで決められていた毎日。.「十歳で竜王となった陛下は、無表情で、喜怒哀楽のない人形のような少年だったそうですわ」「そんなこと……」サラリアは静かに首を振る。「初めて聞きました……」ラパンは少し困ったように微笑んだ。「殿方は、弱いところを見せるのは格好悪いと思っていらっしゃるのでしょうね」「そうかもしれませんね」「私はそういうところが可愛いと思いますのよ」サラリアは黙ったままだった。「弱さがあるからこそ、格好いいところも際立つでしょう?」その言葉が、ざらりとサラリアの胸を撫でた。ラーシュが一度でも弱さを見せてくれたら。過去の話を一度でもしてくれていたら。そう思いかけて、すぐに首を振る。聞いたところで、あの日の出来事は消えない。.ラパンは控えていた侍女へ目配せした。侍女は慣れた様子でトールへ話しかける。「トール様、お庭に可愛らしい小鳥がおりますよ。一緒に見に行きませんか?」「ことり?」眠気もすっかり抜けたトールは嬉しそうに侍女の手を握り、部屋を出ていった。それを見送ったサ

  • 番の心がわり   第43話 聞きますか?

    「……ここは?」ゆっくりと高度を下げた馬車が降り立ったのは、城ではなく可愛らしい屋敷の庭だった。手入れの行き届いた花壇。色とりどりの花々。木漏れ日の中で揺れる木々。そのどれもが温かな生活を感じさせる。(お城じゃ……ない?)サラリアは胸を撫で下ろした。ドラコニアへ戻る以上、また王城へ連れていかれるものだと思っていたからだ。.オーレリウスは竜の姿から人へ戻ると、何事もなかったかのように服の乱れを整えた。「私の家です」「え?」思わず聞き返す。「サラリア様のお住まいの準備が整うまで、こちらでお過ごしください。この浮島には私の家族と使用人しかおりませんので、安心してお過ごしいただけます」「家族……」オーレリウスが微笑みながら視線を向ける。その先には小柄な女性が立っていた。雲を思わせるふわふわとした淡い桃色の髪。優しく細められた瞳。白い肌に映える赤い唇は艶やかで、柔らかく微笑むだけで同性のサラリアでさえ胸が高鳴るほど愛らしい女性だった。(それにしても)その華奢な身体には似合わないほど豊かな胸元が目を引く。(足元、見えているのかしら)他人事ながら心配になってしまう。「ラパン・ウィンドスケイルと申します」雰囲気に似合う、おっとりとした声だった。「どうぞよろしくお願いいたしますわ、サラリア様」柔らかな笑顔に自然と肩の力が抜ける。「お部屋へご案内いたしますわ」案内された客間は、思わず息を呑むほどサラリアの好みだった。木目を活かした家具。窓辺には本を読むための長椅子。派手さはないが落ち着く色合いでまとめられている。「こちらがお召し物ですわ」ラパンがクローゼットを開く。並んでいた服を見たサラリアは驚いた。どれも自分の好みに近い。淡い色合いで動きやすく、それでいて品がある。「……素敵」思わず本音が漏れる。「気に入っていただけて良かったですわ」ラパンは嬉しそうに笑った。(ただ……)首元から手首までぴったり隠れる喪服のような黒い服がいくつかあった。他の服と一線を画している。「これらは着ないと思うので返却していただけますか?」「ですわよねえ」「え?」同意されて思わずサラリアは聞き返したが。ラパンは「いえ」と笑っただけだった。「承知しましたわ」ラパンは何やら小さく呟く。「独占欲丸出しですわねぇ」

  • 番の心がわり   第42話 救い

    空の旅は、サラリアが想像していたよりもずっと快適だった。飛び立つ瞬間こそ大きく身体が揺れたものの、その後は嘘のように安定している。オーレリウスの風魔法が空気の流れを整えているらしく、鳥籠のような馬車は風に流されることなく滑るように空を進んでいた。窓の外には雲海が広がる。青空はどこまでも高く、世界そのものが穏やかだった。旅の間、オーレリウスはトールの質問へ一つひとつ丁寧に答えていた。竜族のこと。魔法のこと。ドラコニアの暮らし。そして――発現のことも。『発現の兆候が現れましたら、私がトール様を専用の浮島へお連れします』「無人、なのですよね?」『そうです。そこで思う存分暴れていただきます』さらりと言われた言葉に、サラリアは目を瞬かせた。『島中を水浸しにしても構いませんし、最悪の場合は浮島を壊してしまっても問題ありません』「こ……壊す?」思わず聞き返してしまう。浮島を壊す。あまりにも現実味のない言葉だった。『王竜は地の魔法も扱えます』オーレリウスは穏やかに説明する。『発現で何が起きるかは個人差がありますが、可能性としては十分あり得ます』そして苦笑した。『まあ、何をやらかすかは誰にも分かりません』(……やらかす、って)そんな軽い表現ではない。思わず心の中で突っ込みながらも、サラリアの背筋には冷たいものが走っていた。(もし、あの町で発現していたら)ハンナ。読書仲間たち。店へ通ってくれた常連客。子どもたち。あの町で暮らす全員。(この子は……)興奮して疲れたのか、腕の中で眠そうにしているトールを見る。(この子は、大勢の人を殺してしまったかもしれない)胸が締め付けられた。発現のことなど知らなかった

  • 番の心がわり   第41話 空へ

    家ごとの引っ越しは、驚くほどあっさり決まった。建物は取り壊すのではなく、建っている土地ごと切り取り、そのままドラコニアへ運ぶらしい。「今日中には住めるようになります」そう説明されたとき、サラリアは思わず聞き返してしまった。「……今日中に、ですか?」「ええ」オーレリウスはこともなげに頷く。「竜族は力仕事が得意ですので」得意。それだけで済ませるには、あまりにも規模が大きい。竜族の機動力に、サラリアはただ感心するしかなかった。◇「やっぱりねぇ」別れの挨拶へ向かったハンナは、サラリアを見るなり優しく笑った。「リアちゃんは、ずっとここにいる子じゃないと思ってたわ」「そんなふうに見えていましたか?」「見えてた見えてた」ハンナは笑いながら頷く。「どこか旅人みたいだったもの」サラリアは苦笑した。否定はできない。ずっと逃げ続けてきた。ようやく見つけた居場所だった。でも、それでも心のどこかでは、また離れる日が来るのではないかと思っていた。違う。来る―――そう確信していた。.「店まで持っていってしまって、ごめんなさい」「何を言ってるの」ハンナは軽くサラリアの手を叩いた。「気にしなくていいのよ」そして、店のあった場所へ視線を向ける。「更地になるなら、あそこに学校を建てようって話になってるの」「学校?」「ええ」嬉しそうに目を細める。「読書仲間と話してたの。本を読むだけじゃもったいないって」「せっかく覚えた文字なんだから、子どもたちにも教えようって」「計算もね」「お母さんたちには子育てや暮らしの知恵を教え合ったり」夢を語るハンナは、

  • 番の心がわり   第3話 幸運を呼ぶ置物

    サラリアの国では、金色の髪は五穀豊穣を司る神の化身とされていた。滅多に生まれない神聖な色である金。その金色を持つサラリアが自分の娘であることに、血を次代に継ぐしか能がないと言われていた父王は有頂天になった。「金色姫さえいれば安泰だ!」政など何一つ理解していない男だった。現状で民が苦しんでいても何もしなかった。神話めいた存在であるサラリアを崇めることしかしなかった。だが、金色の髪は神の化身という教えは民に浸透していた。害す者には神罰が下る。その教えにより、父王がどれほど愚かでも誰も彼に手を出せなかった。だから父王はサラリアを常に傍に置いていた。愛情ではない。父王にとってサ

  • 番の心がわり   第7話 泡沫の幸せ(1)

    それから始まった蜜月期と呼ばれる時間をサラリアはほとんどラーシュの腕の中で過ごした。朝、目を覚ませば隣にラーシュがいる。食事をしていても抱き寄せられる。夜になれば当然のようにラーシュはサラリアを抱いた。竜族は体温が高く、ラーシュに抱き込まれるたびぽかぽかと温かくて安心したが―――問題があった。竜族と人族では体力が違いすぎた。ラーシュは加減していると言っていたが、それでもサラリアは毎夜抱き潰されて気絶するように眠りについていた。「ラーシュ、休憩……お願

  • 番の心がわり   第6話 出会い(3)

    至近距離にラーシュの顔があった。長い睫毛。 白い肌。 冷たい美貌なのに藍色の瞳だけが熱を帯びている。気づけば見上げる形になったラーシュの顔を見ていた。視線がラーシュのものと絡まった途端、サラリアの背筋を痺れるような甘さが駆け上がった。腰の奥がじわりと熱を持ち、身体の芯が溶けていくようだった。「な、なに……?」自分の身体なのに、自分のものではないみたいだった。力が抜ける。息が苦しい。頬が熱い。怖いのに、逃げたいのに、ラーシュから目を逸ら

  • 番の心がわり   第5話 出会い(2)

      『こんばんは』その言葉と同時に、ふわりと夜風に乗って花のような香りが漂ってきた。甘いのに冷たく、澄んだ夜気の中へ静かに溶けていく香りだった。サラリアは息を呑んだ。欄干に一人の男が立っていたから。月を背にしたその姿はあまりにも現実離れしていた。漆黒の髪が風に揺れ、逆光だがかなり端正だと分かる顔立ち。長身の身体は騎士らしいのに妙にしなやかで、まるで夜を切り取って人間の形へ閉じ込めたようだった。月光が彼だけを照らしている―――そんな錯覚すら覚えるほど美しかった。人間ではない。

更多章節
探索並免費閱讀 優質小說
GoodNovel APP 免費暢讀海量優秀小說,下載喜歡的書籍,隨時隨地閱讀。
在 APP 免費閱讀書籍
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status